こだわり

自然の素材に、そして本物のおいしさに
どこまでもこだわり続けて。​

お客様の一人ひとり誰もが、
「壁の穴」のメニュー・プロデューサー​

料理はつねにコックとお客様がコミュニケーションをとりながらお客様が好むものを提供すべきだと「壁の穴」は考えています。創業者・成松孝安は、麺が茹であがるまでの間に、お客様と“ソースはこれを使ったらおいしいのでは?”などと話し合い、次々と試していきました。そのうちに今度はお客様自身が新しい食材を持ち込んでくるようになりました。各界の著名人の方々にもずいぶんご協力いただき、のちに独自のアレンジを加えて定番メニューとなったものも多くあります。評判が評判を呼び、他の常連も競うようにして新しいスパゲティを提案されました。そしてそんな噂を耳にして、新しいメニューを食べにこられるお客様も、どんどん増えていきました。

このように「壁の穴」の新しいメニュー常連のお客様といっしょに開発していったのです。そしてこれからも、お客様といっしょに新しいメニューを創っていけたらなと願っています。


半世紀も前から、そしてこれからも世紀を超えて、
「壁の穴」は“アルデンテ”です。​

スパゲティ専門店「壁の穴」が開店したのは、昭和二八年(一九五三年)のこと。当時、スパゲティといえば、あらかじめ茹でておいた麺をケチャップで炒める“ナポリタン”が主流でした。“ナポリタン”は実はアメリカ進駐軍用食であり、大量に作るためにはそうせざるをえなかったのです。創業者・成松孝安はアメリカ人のハウスキーパーをしていた経験から、本場イタリアでは茹でたての麺を食べていることを知っていましたが、日本にはそんなスパゲティを出すお店など、どこにもありませんでした。

そこで、成松はイタリア通の常連客に試食をしてもらいながら麺を選び、茹で時間を研究していったのです。以来、「壁の穴」では半世紀もの間、お客様からオーダーをいただいてから麺を茹ではじめるというスタイルを守り、つねに“アルデンテ”のおいしさを味わっていただいています。

そしてこのスタイルは、これから決して変わることがありません。


「壁の穴」が開店した当時は、日本ではイタリア料理はなじみの薄い時代でした。
そこで、日本人の味覚にあうスパゲティを独自に研究。
「たらこ」「うに」「納豆」など、さまざま日本の食材を使ったメニューを開発していきました。
それは「壁の穴」の定番となり、やがて“和風スパゲティ”として日本に広まっていったのです。
また、ヨーロッパと日本では水質が違いますから、イタリアのレシピでスパゲティを作ってもうまくいきません。
化学調味料に頼らずに、旨味を出す方法はないものか。試行錯誤を重ねて、ついに昆布粉を発見。
あらゆるパスタソースに昆布粉を入れることによって、素材の味を損なわずに旨味を引き出すことに成功したのです。
料理の基礎を大切にしながら、自然食品を使い、少しずつ独自の改良を加えていったのです。
これは、「壁の穴」のポリシーであり、今も昔も化学調味料や保存料は一切使っていません。